トップページへ

熊野川を知る

神社・城跡 島 淵・景勝 滝 山 岩・石 神社・城跡 熊野川の特徴 主な支川 河原・古道 神社・城跡

大斎原(おおゆのはら)

■田辺市

熊野川、音無川、岩田川の3つの川の合流地点にある中州で、熊野本宮大社の旧社地です。明治22年の水害で流されずに残った4つの社殿だけが、高台に遷座されました。現在、大斎原には大鳥居が立ち、2基の石祠が祀られています。


熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ)

■新宮市

朱柱と白壁のコントラストが美しい熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)の1社。主神は熊野速玉大神。境内の神宝館には、明徳元年(1390)奉納の、彩絵槍扇や玉佩(ぎょくはい)、蒔絵手箱など1200点あまりの古神宝類が保管されています。また参道には熊野三山の神木で平重盛が植えたとされる樹齢800年以上のナギの巨木があります。

このページの先頭へ

阿須賀神社(あすかじんじゃ)

■新宮市

蓬莱山の南麓に鎮座する熊野速玉大社の摂社。熊野川河口の守護神とも考えられました。主神は事解男之命(ことさかのおのみこと)、家津御子大神(けつみこのおおかみ)、熊野速玉大神、熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)。神社のすぐ隣にはこの地で出土した弥生時代の竪穴式住居跡や新宮市立歴史民俗資料館があります。


神倉神社(かみくらじんじゃ)

■新宮市

熊野速玉大社の飛地境内摂社であるが、もともとここが元宮であるといわれています。熊野三所大神が降臨した場所とも伝えられています。霊峰千穂ヶ峰の南端、神倉山に鎮座し、ごとびき岩と呼ばれる巨岩を御神体とします。祭神は高倉下命(たかくらじのみこと)と天照大神(あまてらすおおかみ)。

このページの先頭へ

甲明神(かぶとみょうじん)

■熊野市

かつて熊野川廻船を支配したという愛洲氏の氏神を祀る本宮大社の末社。傍らに佇むスギの巨木が神聖な雰囲気を醸し出しています。


新宮城跡(しんぐうじょうあと)

■新宮市

17世紀に浅野氏、水野氏によって海、川の要害の地に建てられた平山城、新宮(丹鶴《たんかく》)城の跡地。今は公園として整備されています。

このページの先頭へ

熊野本宮大社(くまのほんぐうたいしゃ)

■田辺市

熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)の一社で、極楽浄土への再生を保証してくれる重要な神仏習合の社でした。檜皮葺きの屋根が古色を感じさせます。もとは大斎原(おおゆのはら)と呼ばれる熊野川、音無川、岩田川の合流地点の中州に鎮座していましたが、明治22年に洪水にあい、倒壊、流出したため、現在の地に移築されました。主神は家津御子大神(けつみこのおおかみ)。


楊枝薬師堂(ようじやくしどう)

■熊野市

後白河上皇が頭痛平癒のために薬師如来のお告げにしたがってこの地の柳の巨木を伐りだし、それを棟木(むなぎ)にして京都三十三間堂を建立したといわれています。その柳の大木の跡に薬師堂を建て、頭痛山平癒寺と呼んだとされます。

このページの先頭へ

御本大明神(みもとだいみょうじん)

■熊野市

後白河天皇の「これぞ仏の御本」の古歌を伝える古跡。三山の中間といわれています。