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流域の"わ"

かつて後白河天皇の宣旨(勅使)があまりの険しさゆえに引き返したという難所「宣旨返り」


熊野古道伊勢路を訪れる方々を、その土地の人ならではの詳しい知識とあたたかい「おもてなしの心」で案内してくれる、熊野古道語り部友の会の語り部さんたち。平成19年1月12日、熊野の自然を考える会の代表や、三重県立熊野古道センター指定管理者である熊野古道自然・歴史・文化ネットワークの理事長などもされている、会長の花尻さんにお話をお聞きしました。


主な活動内容
  熊野古道ガイド
    その土地の住民でもある語り部さんが、訪れる方々に熊野古道に関する歴史や自然について説明しながら熊野古道を案内します。また現在、会の会員がコース別、峠別に調査・研究した資料をもとに、語り部のための熊野古道カード式マニュアルを編集中です。
  語り部養成講座
    東紀州の熊野古道(伊勢路)は18コースあり、平成9年5月よりコースごとに養成講座を開設し、現地研修も実施しています。また、先進地の実情や全国に及ぶ体系などを学ぶ必要があるため、和歌山県側の熊野古道など、国内の先進地の視察や現地研修も実施しています。
  熊野古道の保存活動
    地域の町内会やボランティアと共に熊野古道の維持管理をしています。

-会発足の経緯と世界遺産登録までの道のりについて聞かせてください。

かつて東熊野街道と呼ばれていた立派な石畳道がある」ということを知り、実際に自分で歩いてみて、これは保護しなければならない道だと思ったんです。当時私は教育委員会におり、文化財専門委員もしていたので、専門委員によびかけて、1977年「熊野古道を守る会」として保護に向けてスタートしました。はじめは草が生い茂って石畳がどこにあるのかわからないような状態だったので、少しずつ作業を進めて、人が一人歩ける程度の道を整備しました。

1981年には熊野古道波田須の道が、三重県「母と子の歴史の散歩道」に指定されました。それでこんな立派な道があったのかと反響を呼んだので、他にもあるんですということで、松本峠と大吹と波田須と毎年作業しながら地域の人に歩いてもらったんですわ。長い間ほったらかしにされていた道ですし、何回刈ってもすぐに繁ってくるので、その間も整備は大変でした。

その後、東紀州の体験フェスタという、古道を世に売り出す催しがあったのですが、語り部も必要だということで1997年に第一回の養成講座を開設しました。そして1999年、東紀州活性化事業推進協議会内を事務所として「熊野古道語り部友の会」が発足しました。熊野古道が世界遺産登録されたのは2004年のことです。それまで25年から28年色々努力してきた甲斐がありました。かなりの年数が経っていますので、ここまでよくがんばってきた人達が高齢化しています。これまでなんとか築いてきたものを次の世代に受け継いで、そこでしっかりとまた新しく次の方向を目指してもらう、というのが今の大きな課題です。


-熊野古道語り部友の会の特徴は?

三重県南部の熊野川から紀伊長島までという、広い範囲でひとつの組織を構成しているのが良いところですね。和歌山県の組織は市町村単位ですから、Aという市町村からBという隣の市町村への隣接地を越えると、きれいに整備されていた古道から急に草ぼうぼうで歩けない道になっているとか、市町村によって地域の人々も行政の対応もばらばらでした。ですがこっちは組織ひとつですからかなり注目されて、向こうからも歩きにきたり、地域の人と交流したり。そうしているうちに、「三重県はかなり頂点まできていて、素晴らしい。和歌山県もがんばらないかん」と今ではかなり追いついてきました。


-全国各地での現地研修もされているんですよね?

みなさん県外ではどんな研修をされるのか現場を見ておこうということで、平成10年に妻籠・馬籠に行きました。その後、和歌山県はもちろん今年は高野山など、かなり広い範囲でこまめに研修をしながら、座談会を開いたり意見を聞かせてもらったり。その他、毎年総会を開いて、2年ごとに役員を改編しながらやってきました。世界登録遺産された時点で語り部友の会の会員は200名いました。


松本峠。古道の案内だけでなく保存活動もされています

-熊野古道の保存について。

峠ごとなどでたくさんの団体があり、交流があります。来られたお客さんに語り部として古道のよさを話しながら案内する団体と、峠をしっかり守りながら清掃したり倒木を切ったりする団体との両輪ですわ。片方では無理。古い江戸時代の石畳なんかは崩れたりしますよね。ボランティアの人達でほとんどやっていますが、状況があんまりひどい時は行政が緊急に持っている予算をもらってきて、業者さんに修理をお願いします。新しい石をきれいに積んでしまうんでなくて、そのへんにある苔の生えたような石を使ってもらうよう話してやってもらったりしています。実際に古道の保全や清掃活動をしている人でないと、頭の中で江戸時代の絵をかけないんです。


-ボランティアの方の力が大きいんですね。


私はスペインの巡礼路も中国も行ってきましたが、やっぱり世界遺産が廃れるか、現状保護か、素晴らしいものになるかはどこの国もボランティアの肩にかかっていると思います。世界遺産にかまっていられない発展途上国や、戦争のある国の世界遺産は壊れるばっかり。ボランティアがしっかりしているところは保存もしっかりしているし、最終的にはボランティア団体の行動が左右すると思います。熊野川にも同じことがいえますが。


-熊野古道語り部友の会さんの活動によって訪れる方は増えてきていますか?

はい増えてきてますね。団体よりも個人で、特に60代の女性が多いです。大阪近辺からは和歌山の熊野古道に行かれる方が多く、こちら三重県側は東京、名古屋が多いですね。


-海外からのお客さんも来られますか?

そうですね。月に1回和歌山県と合同で英語の研修もやっています。みなさんとても熱心やね。ここはまだ外国の方は少ないですが、これからは韓国や台湾の方にもたくさん来ていただきたいですね。やっぱりこの土地の人が自然な笑顔で自然な対応をして、土地の良さや隠れた昔話なんかするのが一番いいんじゃないでしょうか。


-どれだけいい施設があっても「おもてなしの心」のない所にはもう一度行こうとは思わないかもしれないですね。

心はお金で買えないからね。景色もよかったし、語り部さんがとても親切でよかった、ありがとう、と手紙くれる人もいますしね。
尾鷲と熊野路の境目まで行ったとき、ものすごく重そうな荷物を担いで向こうから降りてきた60代くらいの女の人4人と話をしてみたら、夕方の特急で東京に帰らないといけないと。2、3時になってもまだのんびり歩いていて間に合いそうにないので、車に乗せて近くまで送りました。「お昼ごはんはもう食べましたか」と聞くと、昨晩泊まった民宿のおばさんが、「これから山に行くならお腹すくでしょう。ここに高菜とごはんと海苔とたくあんもあるから、お昼ごはんにいっぱい握っていきなさいよ」と言ってくれたのでいっぱい握ってきたんだと。「熊野の人は親切で情け深いですねぇ」と喜んでましたわ。そういうのが帰ったときに「熊野の人はええ人やった」と宣伝してくれるわけやから、やっぱり心ひとつやね。で、通じても通じなくても一生懸命やるっていうのは大事なことです。


代表の花尻さん

-旅先ではそういうことが印象に残りますよね。

お客さんはちゃんとよう知ってる。土地の人情やとか店の中身やとか。1回きりでなくもう1度この熊野古道に来たいと思ってもらえるように、やっぱり地域一体にならないとね。


-地域のことをよく知り、それを来られた方に伝えていくことが、地域全体の活性化につながっていくんですね。本日はどうもありがとうございました。