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現地勉強会 熊野川の源流・天ノ川が流れる天川村は、ごろごろ水・泉の森・神泉洞という3つの湧水からなる「洞川湧水群」が環境省「名水百選」に、村全体が国土交通省「水の郷」に選ばれるなど、水とたいへん深いかかわりがあります。平成19年1月11日、「天川を学ぶ会」会長の西前さん、副会長の角谷さんと中西さん、天川村役場の畠中さんの4人にお話をお聞きしました。
-会発足の経緯と目的について聞かせてください。 平成16年12月に会員を募集して、40人くらいの方からの参加申し込みがあり、平成17年1月の初会合で「天川を学ぶ会」という名称や役員が決定しました。天川村は非常に由緒があり歴史文化の深い村で、年間75万人の観光客が来られる「観光の村」でもあります。また、霊場大峯や大峯奥駈道が世界遺産登録されてからは語り部が注目されていますので語り部の養成というような意味も踏まえて、地元の歴史を見直そうと村が盛り上がったことから発足しました。 -天川村とはどういうところですか? 天川村は、奈良県で十津川村などに次いで7番目の広い面積があります。東を上流にして西に向かって川が流れており、五條市の大塔町までを天ノ川、十津川村に入ると十津川、そして最終的に熊野川へと名前を変えます。その川に沿って集落が点在している中で、一番東にあるのが洞川地区といいまして、世界遺産登録された大峯山、山上ヶ岳に近い賑やかな温泉街です。この役場のある大字沢谷あたり一帯が中央です。大きくいうと地理的にはそういうかんじです。東の洞川地区は近年人気の観光スポットですし、中央はみたらい渓谷や天河弁財天社など、西部は円空仏のある栃尾観音堂などがあります。
-天川村は熊野川の最源流にあたりますね。 近畿で一番高い山があるのも天川村です。つまりはどん詰まりの村なわけですね。だからこそ他の市町村と比べて深い歴史や文化が今もうまく残っているんです。また、天川村全体が水をとても大切にしようという考えなんです。代表的なのはごろごろ水ですね。名水百選にも選ばれていますし、この村の川の水はこの近辺にはない美しさだと評価されています。食事やコーヒーもこの村の水を使って作るので、来られた方にとてもおいしいと言っていただけます。ごろごろ水を汲みに行くと混雑するんで、道路の擁壁の穴から流れ出る水をうけによそから来られる方も大勢いるくらいです。 -「天川を学ぶ会」では水についても学ばれるんですか? 水や川だけをテーマにするということはないですが、水と芸能の神様である天河弁財天社など、歴史的にも水とは関わりの深い村ですから、ごろごろ水、川にまつわる色んないわれ、みたらい渓谷の伝承などについては勉強していきます。30年前の新聞ですとかみなさん様々な資料を持っておられるので、みんなが講師にも生徒にもなれるというのが「天川を学ぶ会」の良さだと思います。天川村は山の中にある人口2000人ほどの小さな村でありながら、洞川地区では都市部と同じ公共下水道なんです。つまりは名水の湧いている最上流で、その水をきれいに下流へ流すための整備がされているということです。 -村全体で水を大切にされているのが素晴らしいですね。
-観光客の方が川にゴミを捨てたりするということもありますか? キャンプ場に来る人達はきちんとしてくれるんですが、自分達で川に遊びに来た若い人にマナーの悪い人が多いですね。逆に川でゴミを拾ってくれる人もいるんですが、道路に置かれるので、そのゴミを自然環境保護巡視員の方が集めたりということもあります。 -熊野川流域が今抱えている問題については。 山が崩れていってるんですね。近畿で一番高い山があるのが天川村だと先ほど言いましたが、うっそうと茂っていた森が少しずつ山崩れを起こして川に流れて、川の淵が埋まってきている。ダムは昔底が見えないくらい深かったのに池みたいになってきているし、村全体で河床の上昇が起こっています。 -人工林や林業の衰退も原因でしょうか。 それだけじゃないですね。人工林だけでなく自然林も崩れてますから。大峯山系の上の方なんて、昔はうっそうとして向こうが見えなかったのが、今はすーっと見晴らしがきくんです。大きな木が一枚も葉のない状態でばっさばっさ倒れて、いわば骸骨ですよね。主な原因の一つはシカの食害じゃないかと言われてるんですが、酸性雨とか温暖化とか色んなことが重なってだんだん悪くなって、2、30年前とは全然違う状況ですね。山が荒れて川が荒れてくると絶対に海も荒れてきます。漁師さんも魚がとれないようになるかもしれません。 -ダムについてはどう思われますか? ダムがすべて悪かというと違う見方もできるんです。日本一の多雨地帯である熊野周辺は日本の水がめで、それを有効活用するのも水力発電。北山水系もこちらの天ノ川水系も色んなダムがありますが、流域の人口が少ないので、住む人のためでなく町のために発電してるんですよ。だから過疎などマイナス面に目を向けるんでなくて、木や森の持つ意味合いとか、日本一の多雨地帯でそれを電力に変えていることとか、地域一帯がもっとそういうところに目を向けることで違った価値を見出すことができると思います。それがこの地域の宝だとも思いますし。 -流域での文化のつながりというのはありますか? 文化のつながりという意味では、絶対に川のつながりというのは大きいですよね。今は平成の市町村合併で色んなところが合併しましたが、やっぱり最終的に市町村名を川の名前にしたとか、川の流域でまとまったというのが多いというのは、それだけ文化的に近かったということでしょう。昔に比べたらダムで分断はされているけれども、やっぱり文化、生活、民俗、という意味で近いですよ。流域全体でやらなければいけないのは、河口の人は上流の人のことを考えて、上流の人は河口の人のことを考えるということですね。あとは、流域全体が同じような悩みを抱えていますので、流域だけで情報交換するんでなく、こういう状況を町の人にわかってもらうことですね。
-「天川を学ぶ会」のこれからについて。 将来的には、お客さんにしっかりと喜んでいただけるような語り部の養成講座という位置づけも必要ですが、メンバーの中には自分の勉強のためにやりたいんやという方もいます。ですから、学ぶ会で勉強していく中で語り部として活躍していく方もおられるだろうし、自分の知識を深めていく方もおられるだろうし、今のところは気楽に楽しく勉強しながら自由な雰囲気のままで進めていこうと思っています。 -みなさん自分たちの住む村をとても大切に思われているということが伝わってきました。語り部さんとしてのお話もぜひ聞いてみたいです。本日はどうもありがとうございました。 |
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